斎藤元彦兵庫県知事が、林業公社の「隠れ負債」問題と国の失敗政策を全国知事会で強く提言しました。明治期からの拡大造林政策が、木材価格の暴落や維持コスト増、そして会計操作によって破綻状態にある林業公社の実態を隠蔽し、そのツケが地方に押し付けられています。山林の放置は土砂災害や獣害など国民生活に直結する問題であり、斎藤知事は国の責任と支援を求めています。
1. 林業の歴史的背景と政策の転換
- 明治時代: 日本の山々は薪や炭としての木材利用により「ハゲ山」が多く、これが土石流や土砂崩れ、鉄砲水といった災害を頻発させていました。治山事業として砂防ダムの設置や、木を植えて根による保水機能を高めることで、土砂災害や河川の氾濫を防ぐことが重要視されました。
- 戦後復興期(1950年代〜1960年代): 戦争による森林の荒廃と、住宅需要の急増を背景に、国は「拡大造林政策」を打ち出しました。
2. 造林事業のコストと労力
- 造林は木を植えるだけでなく、その後の管理に莫大な手間とコストがかかります。
- 植林後4〜5年間は、木の成長を妨げる下草を刈り払う「下草刈り」を毎年行う必要があります。
- 5〜10年後には、ツルが巻き付いて木材の品質を損なうのを防ぐための「除伐(つる切り)」や、枝を落とす「枝打ち」が行われます。
- 雪が多く湿雪が降る地域では、雪の重みで木の根元が曲がるのを防ぐ「雪起こし」などの作業も必要です。
- 杉や檜などの木材は、最短でも30〜40年、長い場合は50年〜100年かけて育てられ、ようやく回収が可能となります。
- これらの作業は非常に手間がかかり、「採算の観点だけで見れば、運が絡むとしか言いようがない事業」であると指摘されています。
3. 林業公社と分収造林契約の課題
- 国の拡大造林政策に沿う形で「公団公社」が設立されました。
- 公社は、個人の土地に「分収造林契約」を結び、土地所有権は個人に残しつつ、地上権を公社に移転させ、植林した木の管理を公社が行うという仕組みでした。収益は公社と土地所有者で分け合う契約です。
- しかし、この契約にはいくつかの「落とし穴」がありました。
- 土地所有者の自己負担が原則であったにもかかわらず、収益は契約者本人ではなく次の世代が受け取る前提だったため、費用負担がないように設定されました。
- 当時の木材価格の予測が楽観的であり、木材代だけで十分な利益が出ると見込まれていました。
4. 木材市場の変化と経済的な困難
- 1980年代のバブル崩壊以降、住宅需要の拡大は難しくなりました。
- その後、日本産の木材よりも安価な「輸入材」や、化学技術で生み出された「集成材」「合成材」が登場し、競争が激化しました。
- 日本の山は急峻な勾配が多く、重機が通れる作業道の整備が困難であり、効率的な伐採ができません。これは、平坦な土地で大型重機による伐採が可能なドイツなどの林業と比べて、作業効率が「桁違い」に悪いことを意味します。
- これらの要因により、木材の市場価格はピーク時の3分の1から4分の1にまで下落し、原木の単価はさらに低く、「採算なんか合う用がない」状況に陥りました。
5. 問題の隠蔽と会計上の技術
- 国(霞が関の官僚)は早い段階でこの問題に気づいていました。
- 林業の「評価額」を高く設定し、資産価値を水増しすることでした。
- 会計上の技術として「オーバーナイト会計」と呼ばれる手法が使われました。これは、年度末に一時的に返還させ、年度が替わった瞬間に再度貸し付けることで、財政状況をクリーンに見せるものです。
- 林業公社(名前を何度も変えているが、中身は同じ組織)は、「完全に破綻している」にもかかわらず、このようにして長期間にわたり
- 問題を先送りにし続けてきました。
- この状況は林業関係者の間では周知の事実であり、10数年前から言われていることですが、公には「表に出してはいけないタブー」とされています。
6. 現在の課題と斎藤知事の提言
全国知事会議において、森林管理施策の根本的な課題について問題提起を行いました。戦後の木材不足解消を目的に国主導で開始された分収造林事業は、「育てた木材が高く売れる」という前提で組み立てられた収支計画が事実上破綻しています。全国都県で約8200億円の借金を抱える深刻な状況となっています。兵庫県はその中で最多の700億円超に達してます。
兵庫県知事 さいとう元彦
このまま放置すれば借金は雪だるま式に膨らみ、自治体財政を圧迫し続けることになります。
今こそ抜本的な改革に着手しなければなりません。兵庫県は問題の先送りをせず、まず事業の清算処理を進め、森林の公益的機能を維持する新しい森林管理システムの構築に取り組んでいます。
しかし、この事業は国が主導してきたものです。処理を自治体任せにするのではなく、林野庁と総務省の連携により、自治体の財政負担を軽減し、持続可能な森林管理を実現する支援が不可欠です。具体的には、森林環境譲与税の重点配分と、債務処理における財務指標悪化への特例措置創設を強く求めます。
https://x.com/motohikosaitoH/status/1948300046837207545
過去の負の遺産を処理し、未来の林業を担う若者が安心して働くことができる環境を整備することが、日本人が古来より大切に育んできた森を真に守ることにつながります。
- 林業公社を解散するだけでは問題は解決しません。
- 地上権の問題: 分収契約時に地上権が公社に設定されているため、複雑な事案が発生します。
- 土地所有者の不明確さ: 当時の契約者が親世代であり、今の世代は地元に住んでいない、あるいは自身の割り当てられた区画がどこかも分からないといったケースが非常に多いです。
- 防災の観点: 放置すれば土砂災害などのリスクが高まるため、管理をやめるわけにはいきません。
- この現状に対し、全国知事会の中で斎藤知事は「林業公社の債務整理」を問題提起しました。
- 彼は自身のX(旧Twitter)でも、この事業は「国が主導してきたもの」であり、処理を自治体任せにするのではなく、国による支援が不可欠であると強く表明しました。具体的には、森林環境税の重点配分と、債務処理における財務指標悪化への特例措置創設を求めています。
7. 林業問題の広範な影響
- 林業は、土石流や河川の氾濫を防ぐといった防災の観点だけでなく、農業や漁業にも影響を及ぼす非常に重要な位置を占めています。
- 大規模な土砂崩れが発生すれば、その土砂が川を通じて海に流れ込み、海の濁りによって近海の魚の分布が変わるなど、漁業に直接的な影響が出ます。
- また、森林の管理不全は、シカやイノシシによる農作物への「鳥獣害被害」にもつながります。
- これらの問題は、直接的あるいは間接的に「皆さんの生活に直結している問題」であると認識する必要があります。
まとめ
兵庫県知事・斎藤元彦氏は、地方自治の独立性を重んじる姿勢を見せ、県選出の国会議員との意見交換会を廃止するなど、従来の政治慣習に一石を投じています。特に注目すべきは、全国知事会で彼が強く問題提起した林業公社の「隠れ負債」問題です。この問題は、戦後の国の「拡大造林政策」に端を発しており、膨大なコストがかかる林業の維持管理と、木材価格の暴落、そして輸入材の増加により、林業公社は採算が取れない状態に陥っています。国は、この破綻状態を「オーバーナイト会計」などの会計操作や組織名の変更で隠蔽し、その責任と負担を地方に押し付けてきました。結果として、管理されていない山林は土砂災害や河川の氾濫、獣害の増加を引き起こし、国民の生活、防災、農業、漁業に深刻な影響を与えています。斎藤知事は、この「国策の失敗」に対する国の責任を明確に指摘し、地方への負担転嫁ではなく、新たなシステム構築と財政支援を強く求めております。
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