
ワセリンは、石油を精製して作られた保湿剤であり、肌の保護剤として広く使用されています。その主成分は、油性成分であるパラフィンで、肌表面に膜を張ることで水分の蒸発を防ぐ「閉塞剤(オクルーシブ)」に分類されます。ワセリンは肌の内部に浸透しにくい特性があり、生体に対してほとんど作用しない「バイオイナート(生体不干渉)」な物質として、医薬品や化粧品の基材にも広く用いられています。
ワセリンの正体
ワセリンの原料は石油の混合物ですが、石油由来と聞くと肌に悪いイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、石油自体がもともと動物や植物が土の中で長い年月をかけて変化した天然由来の成分であり、安全なものです。私たちが肌に使うワセリンは、不純物を徹底的に取り除く精製プロセスを経て作られているため、安全性が高く、人体に影響がないことが研究で示されています。かつて発がん性物質に関する論争もありましたが、市販されているワセリンは有害物質が除去されており安全であるとされています。ワセリンの開発者であるロバート・チェスブローは、その効果と安全性を証明するため、毎日ワセリンを食べ、肌にも塗って96歳まで長生きしたと言われています。
ワセリンの種類と用途
ワセリンには、精製度によって主に以下の4つの種類があります。純度が高いものほど、価格も高くなる傾向があります。
- 黄色ワセリン(標準ワセリン)
- 最も純度が低く、工業用に近く、色が黄色っぽい特徴があります。
- 不純物が多いとされ、アトピーや敏感肌の人、赤ちゃんにはあまり推奨されません。
- 健康な肌で、手や踵など広範囲に使う場合は問題ないとされています。
- 比較的安価で手に入りやすいです。
- 白色ワセリン
- 黄色ワセリンからさらに不純物を取り除いたもので、医療用にも使われるほど安全性が高いです。
- 一般的な肌の人や、コスパを重視する人におすすめです。手に入りやすく、値段も手頃です。
- プロペト
- 白色ワセリンよりもさらに高純度で、無色透明に近い色をしています。
- 赤ちゃんや敏感肌、アトピー肌の人、唇などの粘膜に使うのにおすすめです。
- 眼科の薬の基材としても使われるほど純度が高いとされています。
- 薬局で入手できる他、医師の処方箋で出されることもあります。
- サンホワイト
- 最も純度が高いワセリンで、不純物がほぼゼロに近い状態です。
- 極度に敏感な肌、アレルギー体質の人、顔や目元への使用に特におすすめされます。
- 伸びが良く、塗った後のベタつきが少ないという特徴もあります。
- 長時間の日光の下でも酸化しにくいとされています。
- 市販薬として購入可能ですが、薬局に置いていない場合もあるため、インターネットでの購入が確実です。医療保険は適用されません。
ワセリンの美容効果
ワセリンの主な美容効果は、肌の保湿と保護です。肌表面に薄い膜(皮膜)を形成することで、肌内部の水分蒸発を防ぎ、外部の刺激から肌を守ります。これにより、肌の潤いを保ち、乾燥を防ぐことができます。
ワセリン自体には、美容成分のような薬理学的な効果はほとんどないとされています。しかし、肌への刺激が少なく安全性が高いため、他の化粧品や外部刺激による肌への負担を軽減し、肌のバリア機能を回復させることで、結果的に肌の調子が良くなったと感じられることがあります。
- シワ改善効果: 強力な保湿作用により、目元の小じわの目立ちを減少させる効果が報告されています。ある研究では、8週間の毎晩の塗布で目元の小じわが18%減少し、肌水分量が22%増加、弾力性が9%向上したとされています。水分蒸発を防ぎ、肌の柔軟性と弾力を維持することで、シワやたるみを改善する効果が期待できます。
- 肌荒れ改善: 刺激が少ないため、肌荒れしている肌にも使用しやすいです。アトピー性皮膚炎や敏感肌の人も使用可能です。
- ニキビへの影響:
- ワセリンは毛穴に詰まらない、またはニキビを悪化させないという意見もありますが、使い方を誤ると毛穴が詰まったりニキビが悪化したりする可能性があるという意見もあります。
- ニキビ肌やオイリー肌、皮脂が多い人(脂漏性皮膚炎など)は、ワセリンを塗ることで毛穴が塞がれて症状が悪化するリスクがあるため、顔全体への使用を避けるか、乾燥が気になる部分に少量だけ使用することが推奨されます。
- 一方で、乾燥によるニキビや、肌のバリア機能が低下している場合のニキビには、水分蒸発を防ぎ肌の免疫力を保つことで効果的だという意見もあります。
- 長期使用: 1年間顔にワセリンを使い続けても、肌がオイリーになったり、肌水分量が上がったりするわけではなく、「何も起こらない」という実験結果が報告されています。しかし、肌表面は乾燥していなくても、肌内部が乾燥する「インナードライ」を長期的に加速させる可能性も指摘されています。
ワセリンで美容液の効果を上げる
ワセリン自体には水分や栄養を与える力はありませんが、肌に塗った化粧水や美容液、クリームなどの美容成分の蒸発を防ぎ、肌に閉じ込めることで、それらの効果を最大限に高める「フタ」の役割を果たします。
ワセリンと美容液の組み合わせ例:
- 保湿アンプル(ヒアルロン酸など): ヒアルロン酸が抱え込んだ水分が空気中で蒸発するのを、ワセリンがフタをして防ぐことで、保湿効果が絶大になります。
- レチノール: 刺激が強いレチノールの副反応(赤み、乾燥、ヒリつき)を軽減しながら、効果を高めます。レチノールを塗った後、20~30分ほど待ってからワセリンを薄く重ねると良いとされています。レチノールは夜のみの使用が推奨されます。
- 美白エッセンス(ビタミンC誘導体など): 空気中で酸化しやすいビタミンC誘導体などの美白成分の蒸発や酸化を防ぎ、効果を持続させます。美白エッセンスを塗ってから5分後にワセリンを重ねるのが効果的です。
- ツボクサクリーム(シカクリーム): 肌の再生を助けるツボクサクリームと組み合わせることで、再生効果を長時間持続させ、シワ改善にも優れるとされています。
- ナイアシンアミド: 油分の調節と赤みの緩和に優れ、オイリー肌やニキビ肌の人に有効な成分です。ワセリンと併用することで、肌の水分油分バランスを整え、肌トーン改善やトラブル鎮静に役立つとされます。
- 日本の伝統成分: 米ぬかエキスや米発酵液などを含む化粧水を使った後にワセリンで蓋をすると、日本人の肌質に合った保湿ケアができると紹介されています。
- 軟膏: 軟膏の上からワセリンを薄く塗ることで、軟膏の効果を2倍高めることができるという意見もあります。
ワセリンの効果的な使用方法
- 塗る量:
- 米粒1粒分程度で顔全体に十分とされています。
- 多すぎるとベタつきの原因になるため、薄く塗るのが最も効果的です。
- ただし、薄く塗っただけでは保湿効果が低い場合があるため、たっぷりと塗る方が良いとする意見もありますが、その場合はべたつきが難点となります。
- 塗るタイミング:
- 洗顔後や入浴後の、肌に水分が残った湿った状態で塗るのが最も効果的です。
- 夜のスキンケアの最後に「フタ」として使用するのが効果的です。
- 朝の洗顔後、ワセリンのみを塗る方法を実践している人もいます。
- 水仕事の後や、肌の乾燥が気になるときなど、こまめに塗るのが大切です。
- 塗り方:
- 指で温めてから、優しく肌に押し付けるように塗ります。
- 肌をこすらないように注意しましょう。
- メイクや洗顔前は、ワセリンが水を弾くため、ティッシュでしっかりと油分を吸い取ると良いとされています。
- 特定の部位への使用:
- 目元: 皮脂の分泌が少なく乾燥しやすい部位なので、アイクリームの後に重ねるのがおすすめです。レチノールなどの刺激を軽減する効果も期待できます。
- 唇: 粘膜で特に乾燥しやすい部位です。リップクリームの代わりに、またはリップクリームの後に重ねて塗ると良いでしょう。夜寝る前にたっぷり塗ると効果的です。
- 鼻: 花粉症対策として、鼻の周りや鼻の内側に塗ることで花粉の侵入を軽減し、粘膜を保護します。鼻をかみすぎた時の鼻周りの乾燥や肌荒れにも有効です。
- ひじ・ひざ・かかと: 乾燥しやすく黒ずみやシワができやすい部位には、たっぷりと塗って保護します。
- 手: 乾燥やシワの改善に効果的です。寝る前に塗って綿の手袋をして寝ると良いとされています。水仕事の後の手荒れ防止にもなります。
- 首: 顔よりも皮膚が薄く皮脂も少ないため乾燥しやすく、シワができやすい部位です。寝る前にエッセンスやクリームを塗った上からワセリンを重ね、下から上に塗るのが推奨されます。
- 耳の裏・耳たぶ: 皮膚が薄く老化が早く進む場所です。顔に化粧品を塗る際に一緒に塗り、夜はワセリンを軽く重ねるとハリのある若々しい印象を保てます。
- 口元: 1日に何千回も動かす場所なのでシワができやすく、老け顔の原因になります。寝る前に少し多めに塗るとシワが内側からふっくらする効果が期待できます。
- お尻: 赤ちゃんのおむつかぶれの予防に有効です。
- 口周り(赤ちゃん): 赤ちゃんの口周りのただれや乳児湿疹の予防・保護に役立ちます。
ワセリンの意外な使い方や利用方法
ワセリンは美容目的以外にも様々な用途で活用できます。
- 練り香水: ワセリンを溶かし、好きな香水やコロンを混ぜて冷やし固めることで練り香水が作れます。持ち運びができ、香りの持続時間が長くなります。
- ヘアスタイリング剤: ドライヤー前の髪の保護や、ヘアオイルと混ぜてスタイリングに使うことで、アホ毛を抑えたり、ツヤを出したりできます。
- メイク落とし/メイク直し: ポイントメイク落としとして、綿棒にとってアイラインの失敗修正や濃いポイントメイクのオフに使えます。顔全体のクレンジングにも使えるとされています。
- シュガースクラブ: 砂糖と混ぜてリップスクラブを作ることができます。
- アイシャドウ: 固形のアイシャドウにワセリンを混ぜるとクリームアイシャドウとして活用できます。
- リップグロス: 使わないリップをワセリンに混ぜてリップグロスを作ることができます。
- 革製品の艶出し・汚れ落とし: 革製品に塗布してから乾いた布で拭くと、艶が出て汚れも落ちます。
- シンクの水垢・鏡の曇り止め: キッチンペーパーにワセリンをつけてシンクを磨くと水を弾いて汚れがつきにくくなり、鏡に薄く塗り広げて拭き取ると曇り止めになります。
- シールの除去: シール跡にたっぷりとワセリンを塗って放置し、こすり取ると綺麗になります。
- 爪切り: 赤ちゃんの爪切り前に爪に塗ると、切った爪が飛び散るのを防げます。
- 摩擦防止(ランニングなど): ランニング中に脇や股など擦れやすい部分に塗ると摩擦を軽減し、靴擦れ防止にもなります。
- 特殊メイク: ベビーパウダーと混ぜて鼻を高く見せる整形メイクに応用できます。
- 写真フィルター: カメラのレンズに薄く塗ると、白く柔らかな幻想的な写真が撮れるフィルター効果が得られます。
- 接着剤からの保護: 指にワセリンを塗っておくと、接着剤がくっつくのを防げます。
- ファスナー: 通りにくくなったファスナーに塗るとスムーズになります。
- 吸盤: 吸着力が弱い吸盤に塗ると外れにくくなります。
- スティック型ワセリン: 使い終わったスティックのり容器に溶かしたワセリンを流し込んで固めると、携帯しやすいスティック型のワセリンになります。
- マッサージクリーム: 足痩せマッサージなどで滑りを良くするのに代用できます。
プロが認める「医学的効能」
ワセリンは医療現場で広く使われており、その医学的効能がプロに認められています。
- 皮膚の保護・潤い: 皮膚を保護し、潤いを与える目的で塗られます。
- バリア機能の低下: カサカサした乾燥肌でバリア機能が低下し、かゆみや炎症を起こしやすい場合に処方されることがあります。
- 外傷処置: 擦り傷や切り傷、火傷、熱傷患者の皮膚移植後など、皮膚の損傷部位の保護・保湿に用いられます。傷の回復を促進し、湿潤環境を維持して細胞の活動を助けます。感染症治療薬との併用効果も報告されています。
- アトピー性皮膚炎: 皮膚の状態が悪化したアトピー性皮膚炎の患者にも用いられます。
- 薬の基材: 軟膏や他の薬のベース(基材)として使われています。特に純度の高いワセリンが基材として適しているとされています。
- 安全性の高さ: アレルギー反応を起こしにくく、赤ちゃんや子供、デリケートゾーンにも安全に使えるため、医療現場での信頼性が高いです。ゼロスキンケアで敏感になった肌にも使いやすいとされています。
海外vs日本「驚きの文化比較」
- 欧米での普及: 欧米ではワセリンが非常にポピュラーで、医者やエステティシャンが患者や客にその使い方を伝授し、一家に一つは必ずある便利なグッズとされています。
- SNSでのトレンド: アメリカのSNSでは、ワセリンリップスクラブが流行したことがあります。
- 韓国でのヒット: 美容大国韓国でもワセリンは非常にヒットし、ワセリンシートマスクなども登場しています。
- スラギング: 海外やセレブの間では、スキンケアの最後にワセリンを顔全体に薄く塗る「スラギング(slugging)」という美容法が広まっています。
- 日本での誤解: 日本では、ワセリンを塗ると日焼けしやすいという誤解がありますが、実際にはワセリン自体に紫外線抑制効果があるという報告もあります。
やってはいけない使い方
ワセリンは非常に安全性の高い成分ですが、誤った使い方をすると肌トラブルの原因になる可能性があります。
- 肌質による注意点:
- ニキビ肌、オイリー肌、皮脂が多い人、脂漏性皮膚炎の人、毛穴の黒ずみが気になる人は、毛穴を塞いだり症状を悪化させるリスクがあるため、顔全体への使用を避けるか、乾燥が気になる部分に少量だけ使用することが推奨されます。特に吹き出物が出ている部位には直接塗らないようにしましょう。
- 乾燥肌や敏感肌の人がワセリンのみでスキンケアをしようとすると、肌のバリア機能のバランスが崩れ、肌トラブルを助長する可能性があります。ワセリンには水分や栄養を与える力がなく、単独使用では肌内部の乾燥(インナードライ)を加速させる懸念があるため、化粧水などで水分を与えた後にフタとして使うのが一般的におすすめされる方法です。
- 肌の免疫力が低い状態(アトピー性皮膚炎の悪化時など)や肌荒れがひどい時にワセリンのみを長期使用すると、症状を悪化させる可能性もあります。
- 他の成分との併用:
- 食品(蜂蜜、塩、砂糖、コーヒーの出し殻など)と混ぜて顔に塗ることは推奨されていません。科学的根拠がなく、肌トラブルの原因になる可能性があるため避けるべきです。
- 精油(エッセンシャルオイル)を混ぜて使用するのは非常に危険です。非常に濃縮された成分で、肌に直接使用すると化学熱傷や光毒性のリスクがあります。使用する場合は濃度に厳重な注意が必要で、目元や口元には絶対に使用しないようにしましょう。
- オイル系の成分(アルガンオイル、ローズヒップオイルなど)を混ぜる場合、量が多すぎると毛穴を詰まらせたり、皮脂バランスを崩したり、ニキビの原因になったり、メイク崩れの原因になることがあります。日中の使用は酸化して肌トラブルの原因になる可能性もあるため避けるべきです。
- その他:
- ワセリンを顔に塗った後は、翌朝必ず石鹸などで洗い流すようにしましょう。顔に残っていると、その後に使用する化粧品の浸透力が下がってしまうことがあります。
- 過剰な量を使用しないこと。少量で十分な効果があるため、塗りすぎはベタつきの原因となるだけでなく、皮膚の呼吸を妨げ、治癒を遅らせる可能性も指摘されています。
- 高温多湿な時期に100%ワセリンを使うと、汗の出口を塞いでかゆみやほてりを引き起こす可能性があります。
- 不衛生な状態で使用すると雑菌が混入し、肌に炎症を起こす可能性があります。ポンプ式やチューブタイプ、エアレスボトルなど、空気に触れにくい容器を選ぶと衛生的です。
- ワセリンのついた衣類を洗濯機で洗うと、ワセリンが洗濯機にこびりつき、通常の洗剤では落ちにくくなるため注意が必要です。
まとめ
ワセリンは、石油を精製したパラフィンを主成分とする保湿剤で、肌表面に保護膜を作り水分の蒸発を防ぐ「閉塞剤」です。肌内部に浸透しにくく、生体への作用がほとんどない「バイオイナート」な物質として、医薬品や化粧品にも広く利用されています。石油由来と聞くと不安を感じるかもしれませんが、ワセリンは動物や植物が変化した天然由来の成分であり、徹底的な精製により高い安全性が確保されています。発がん性物質に関する議論もありましたが、市販品は安全性が確認されています。開発者のロバート・チェスブローがワセリンを常用し96歳まで生きた逸話もその安全性を裏付けます。
ワセリンには精製度に応じて「黄色ワセリン」「白色ワセリン」「プロペト」「サンホワイト」の4種類があります。純度が低い黄色ワセリンは工業用にも近く、敏感肌には不向きとされますが安価です。白色ワセリンは医療用にも使われ、一般的な肌向け。プロペトはさらに高純度で、赤ちゃんや敏感肌、粘膜に適し、眼科でも使用されます。最高純度のサンホワイトはアレルギー体質や顔・目元への使用に特におすすめで、伸びが良くベタつきが少ない特徴があります。肌の状態や目的に合わせて適切なワセリンを選ぶことが重要です。
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