ジーニアス法について、特に米国債の裏付けと民間発行のステーブルコインが米国債の売却にどのように寄与するかという点に焦点を当てて詳しくご説明します。
ジーニアス法(Genius Act)の概要
ジーニアス法は、米国債の処理と米国が抱える資金繰り問題に対する「本命」の対策として、2025年7月に米国議会で成立した法案です。この法律の核心は、米国債を担保にして民間金融機関がドルに連動するステーブルコイン(暗号通貨)を発行することにあります。
米国債を担保としたステーブルコインの発行メカニズム
- 目的と背景: 米国は、増え続ける米国債の残高(37兆ドル)や年間10兆ドルに上る過去最大の国債発行額(償還分8兆ドル+新規財政赤字2兆ドル)といった、巨大な財政問題に直面しています。特に、米国は国外からの資金流入に依存しているため、自国で国債を消化する力が不足しています。ジーニアス法は、この**「売りにくくなった多額の国債」を現金化するための手段**として考案されました。
- 発行主体: この法案では、FRB(連邦準備制度理事会)ではなく、民間金融機関がステーブルコインを発行します。トランプ前大統領は、FRBにCBDC(中央銀行デジタル通貨)の発行をさせず、FRBの通貨発行権を奪う、あるいはFRBがドル発行機関としての役割を終えるという構想を持っているとされています。
- 担保としての米国債: ジーニアス法の下では、ゴールドマン・サックス、JPモルガン、バンク・オブ・アメリカ、シティバンクといった米国の民間銀行が、米国債を買い入れ、それを担保としてステーブルコインを発行します。これは、金融機関が「米国債」という資産を保有し、その裏付けとして「ステーブルコイン」という負債を発行する形になります。
- 「国債の現金化」としての機能: ステーブルコインはドルと連動しており、事実上「現金と同等」と見なされます。したがって、米国債を担保にステーブルコインを発行することは、米国債を現金化する行為に他なりません。これは、FRBには禁じられていた「マネタイゼーション」(国債をFRBが通貨発行権を利用して現金化すること)を、民間金融機関が行うことに相当します。
- 米国債の新しい購入先: このメカニズムにより、ステーブルコインの発行量が増加するのに応じて、発行機関(民間金融機関)が米国債を買い入れることになります。これにより、米国債の売却が困難な状況において、新しい米国債の購入先が確保されることになります。つまり、民間金融機関がステーブルコイン発行のために米国債を買い支える構造を作り出すわけです。
金融機関の収益源
このスキームにおいて、民間金融機関は主に二つの方法で収益を得ます。
- 金利差益: 米国債には金利が付きますが、ステーブルコインは現金と同じで金利はゼロです。発行機関は、米国債の金利収入から、ステーブルコインの発行・管理にかかるコストを差し引いた分の収益を得ることができます。
- 貸付金利: 発行されたステーブルコインは、資金需要のある市場に貸し付けられます。この貸し付けによって得られる金利も、発行機関の収益となります。
ジーニアス法の意味合いと潜在的影響
このジーニアス法は、米国経済に大きな影響を及ぼすと予測されています。
- 新たな量的緩和: 民間金融機関によるステーブルコインの発行と米国債の買い入れは、FRBによる量的緩和と同様に、**新たな形態の「ドル増刷」**であり、「新たな信用創造、通貨の増刷」に繋がります。これは、FRBが行う量的緩和よりも「もっと大きな、強い効果」をもたらす可能性があります。
- 通貨供給量(M2)の増加とインフレ: 国債の現金化が進むことで、通貨供給量M2(企業預金や世帯預金)が急増し、米国物価のインフレを加速させる要因となります。
- ドルの実質価値下落とドル安: インフレが進み、金利のつかないドル現金が増えることで、ドルの実質価値が下落します。さらに、米国は国債の利払い負担を避けるため、インフレが高まる中でも金利の低さを保とうとする矛盾した政策を取る可能性があり、結果としてドルレートの下落につながると予測されています。
- 「第2のプラザ合意」: 2026年から2027年にかけて、ジーニアス法による量的緩和が「第2のプラザ合意」のようなドルの大幅な切り下げ効果をもたらす可能性が指摘されています。これにより、ドルは基軸通貨としての役割を終える方向に進み、世界貿易におけるドルの利用割合が大幅に低下するかもしれません。
- 「トレジャリー・ステーブルコイン・ドゥーム・ループ」: この一連のプロセスは、「トレジャリー・ステーブルコイン・ドゥーム・ループ」として理論化されており、米国債の現金化、金利のないドルの増加、物価インフレ、ドルの実質価値下落、そしてドル安へと繋がる連鎖反応が懸念されています。実質金利がマイナスになれば、ドル国債を保有すること自体が損失となり、世界中でドル国債が売却され、さらなるドル安を引き起こすでしょう。
このように、ジーニアス法は米国債の消化問題に一見対処するものの、その根本的な解決にはならず、長期的に見ればドル安やインフレといった形で世界経済に大きな影響を与える可能性を秘めていると分析されています。


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