
小野照崎神社(おのてるさきじんじゃ)は、東京都台東区下谷二丁目にある神社。
ご由緒
小野篁を主祭神とし、相殿に菅原道真を祀る。852年(仁寿2年)この地の住民が上野照崎の地に小野篁を奉斎したのが起源と伝わる。寛永年間(1624年-1643年)、寛永寺の建立のため幕府より移転を命じられ、現社地に遷座した。江戸末期、回向院より菅原道真自刻と伝わる像を迎えて相殿に祀り、「江戸二十五天神」の一つに数えられた。樋口一葉の「たけくらべ」に「小野照さま」の名で出ている。
歴史
852年(仁寿2年)、篁公が御東下の際に住まわれた上野照崎の地に創建され、寛永寺の建立とともに現在の地に遷されました。
江戸後期には、 学問の神様である菅原道真公(すがわら みちざね)も回向院より御配神として当社に遷され、境内にある末社を含めると、 15柱もの神様がお祀りされています。
富士塚
天明2年(1782)に築かれた富士塚「下谷坂本富士」。富士山に誰もが行けるわけではなかった時代、その霊験あらたかな姿を伝えるべく作られた直径は約15m、高さ約6mのミニチュアの富士山。一合目から順に十合目まで記されており、南無妙法と書かれた石碑や修験道の開祖である役小角の尊像も残る等、神仏習合の名残が見て取れます。先人の山守りの知恵によって今も当時の荘厳な姿を残しており、国の重要有形民俗文化財に指定されています。
毎年、夏越の大祓と富士山の開山に合わせた6月30日と7月1日の2日間に限り、一般の方々に開放されています。「不二(ふたつとない)」「不尽(つきることがない)」などがいわれとされる富士山。今もその霊験あらたかな神性を求め、多くの方々が富士塚に訪れます。
本殿
本殿は江戸末期、幕末の慶応2年(1866)の建造。
江戸では珍しく関東大震災、東京大空襲という2度の大火を免れ、軒下には鳳凰や龍、獅子、象などの見事な彫刻も残されています。
御本殿は、未曾有の火難を二度逃れ今もなお、生き続けています
1923年(大正2年)、関東大震災で発生した激しい火が下町を包んでいました。その火の手は勢いを増し小野照崎神社にも迫ろうとしていましたが、寸前のところで火は食い止められ事なきを得ました。
また、東京中が業火で包まれた大東亜戦争の最中でも、空襲の被害を受けることなく無傷で過ごしました。この歴史的な二度の火難を逃れたのは、篁公の御神威と、住人たちの祈りが起こした奇跡かもしれません。その後、ますます御神威も加わり、今も変わらぬ姿を残しています。
アクセス
ご祭神 | 《御祭神》小野篁命 《御配神》菅原道真命 |
創建時代 | 852年 |
名称 | 小野照崎神社 |
読み方 | おのてるさきじんじゃ |
通称 | 小野照さま |
参拝時間 | 参拝は24時間可能 授与所は9時-16時 |
トイレ | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | あり |
御朱印帳に直書き | あり |
電話番号 | 03-3872-5514 |
ホームページ | https://onoteru.or.jp/ |
住所 | 東京都台東区下谷2-13-14 |
最寄り駅 | 日比谷線入谷駅 4番出口から徒歩3分 JR鶯谷駅 徒歩7分 |
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