いわき信用組合が発表した第三者委員会の調査報告書は、長年にわたり隠蔽されてきた深刻な不祥事の全貌と、その根深い原因、そして再発防止に向けた提言を明らかにしています。信用組合として極めて重大な信用失墜を招いたこの問題は、「甲事案」「乙事案」「丙事案」の三つの主要な不正行為を中心に展開されています。
1. 不祥事の概要:隠蔽された20年の歴史
この調査報告書は、いわき信用組合が2024年11月15日に公表した、旧経営陣による迂回融資(甲事案)、元職員による横領事件とその隠蔽(乙事案)、元職員による現金の着服事件とその隠蔽(丙事案)という三つの不祥事案に関する第三者委員会の詳細な調査結果をまとめたものです。これらの不祥事は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス「X」への投稿がきっかけで発覚し、組合内で内部調査が行われた結果、概ね事実であることが判明しました。
報告書は、金融機関として最も重要視される「信用」を著しく損ねたことに対し、組合員や顧客に深く謝罪する姿勢を示しています。調査の結果、これらの不正行為が約20年という長期間にわたり継続し、組織的に隠蔽されてきたことが明らかになりました。
2. 甲事案:旧経営陣主導の巨額不正融資とその隠蔽工作
甲事案は、2004年3月頃から始まった旧経営陣主導による迂回融資および無断借名融資に関するものです。これは、特定の融資先(X1社グループ)への信用供与限度額を超える融資を隠蔽するため、実態のないペーパーカンパニーや無関係の第三者名義(無断借名)を無断で利用して融資を実行していたという前代未聞の不正です。当初はペーパーカンパニーが利用されていましたが、2007年3月には個人の借名名義による融資が始まり、その規模は拡大の一途を辿りました。
この不正により、いわき信用組合からX1社グループへ、そして不明な使途へと巨額の資金が流出しました。第三者委員会の認定によると、不正融資の実行件数は1,293件、総額は247億7,178万円に上り、うち21億5,149万円から22億9,849万円が外部に流出したと推計されています。特に、約8.5億円から10億円に及ぶ使途不明金の行方は依然として明らかになっていません。
この不正を隠蔽するために、借入申込書や手形・金銭消費貸借契約証書の偽造が多数の役職員によって組織的に行われ、重要な証拠となるノートパソコンや資料データの破棄・隠滅も発覚後に組織的に図られました。また、第三者委員会の調査に対しても、組合側は重要な事実の隠匿や虚偽の説明を繰り返したと指摘されており、調査を著しく困難にしました。
3. 乙事案・丙事案:職員による横領と組織的な隠蔽
乙事案は、元職員Y氏による約1億9,582万円(純額)の業務上横領事件です。Y氏は、個人ローン、預金担保付手形貸付、定期預金の無断解約など、複数の手口を巧妙に使い分けて顧客資金を横領していました。この横領は2度にわたって発覚しましたが、当時の経営陣(特に江尻氏と丈夫氏)は、資本増強支援を受けたばかりの時期に大規模な不祥事を公表することを避け、また甲事案の発覚に繋がることを恐れ、横領を組織的に隠蔽する方針を決定しました。Y氏に対する懲戒処分は行われず、調査資料は破棄され、横領による損失は組合の現金勘定の流用(本部現金)によって穴埋めされていました。
丙事案は、元職員Z氏による20万円の現金着服事件です。これは2009年6月頃にα支店の金庫から現金が抜き取られたもので、金庫の鍵の管理がずさんであったことが横領を容易にしました。この事案も、Y氏の横領と同様に、当時の理事長である江尻氏によって組織的に隠蔽され、職員に対して口外しないよう指示が出されていました。Z氏も懲戒処分を受けることなく自己都合退職となり、退職金も満額支給されています。
4. 不祥事の根本原因:コンプライアンス意識の欠如と異常な組織風土
三つの不祥事案がこれほど長期にわたり隠蔽され、拡大した背景には、いわき信用組合の根深い組織問題がありました。報告書は、以下の五つの共通する原因を指摘しています。
- コンプライアンス意識の根本的な欠如:役員が法令違反行為に積極的に関与し、不正を不正で隠蔽するという思考が常態化していました。
- 特定人物による人事権の掌握:江尻氏が会長期間を含め約20年にわたり実質的な経営トップとして人事権を掌握し、他の役職員がその指示に逆らうと不利益を被るという恐れから、不正を指摘・拒否できない環境が醸成されていました。
- 常軌を逸した上意下達の組織風土:人事権を掌握する者によるパワーハラスメントが常態化し、「組合を守るため」という大義名分のもと、違法行為であっても上司の指示に盲目的に従うという不健全な「真面目さ」が職員に浸透していました。
- 組合内の風通しの悪さ:上意下達の組織風土により、職員間のコミュニケーションが阻害され、不正に気づいても行動できない、あるいは情報提供を躊躇する雰囲気が蔓延していました。
- 内部統制システムの機能不全:融資部、監査部、コンプライアンス委員会といった本来不正を防止・発見すべき部門の機能が麻痺しており、不正に関与した役職員がこれらの部署を担当していたため、内部からの自浄作用が全く働きませんでした。また、内部通報制度も形骸化していました。
5. 外部監査の機能不全:なぜ不正は見過ごされたのか
長年にわたる組織的な不正が外部の目から逃れられた要因として、外部監査の機能不全も指摘されています。公認会計士による会計監査や全国信用協同組合連合会(全信組連)監査機構による監査が実施されていたにもかかわらず、巨額の不正融資や横領が見過ごされ、毎期「無限定適正意見」が表明されていました。
報告書は、信用組合が会計監査人に対して提供していた資料が不十分であったこと、信用組合の規模に見合わない高額な簡易査定基準が設定されており、個々の融資の詳細な審査が不十分であったこと、償却された貸付金の詳細な検証が行われていなかったこと、本部現金の監査体制の不備(本店営業部の現金が実査対象となっていなかった)、残高確認状の発送先に個人債務者がほとんど含まれていなかったことなどを問題点として挙げています。これらは、会計監査人が不正の摘発を主目的としないとはいえ、監査の過程で不正が発覚する可能性を相対的に低くしていたと指摘されています。
6. 再発防止策と今後の課題:信頼回復への道のり
第三者委員会は、いわき信用組合が信頼を回復し、真に再生するために、以下の具体的な再発防止策を提言しています。
- 不正関与者の一掃と組合への関与の遮断:甲事案に積極的に関与した旧経営陣や、乙・丙事案の隠蔽に関与した役員は退任させ、今後一切の関係を断つべきです。これは、悪しき組織風土との決別を明確にするための不可欠な措置とされています。
- 新経営体制の構築:金融業務の専門的知見を持つ外部人材を常勤役員として招聘し、倫理観を備えた外部有識者も積極的に登用することで、意思決定の透明性と合理性を高める必要があります。
- 内部統制システムの抜本的見直し:
- 内部通報制度の機能不全の是正:外部の専門家を窓口とし、通報者への不利益を徹底的に排除することを全職員に周知し、職員が安心して通報できる環境を構築すべきです。
- 監査体制の強化:常勤の員外監事を増員し、員内監事や監査部との連携を密にすることで、外部からの監督機能を充実させるべきです。
- 権限の分散と職務の定期的な交代:理事長に集中していた権限を分散し、複数の役職員が特定の業務を長期に担当する慣行を見直すことで、不正継続が困難な環境を作るべきです。
- 正確かつ詳細な議事録の作成:朝会など非公式に行われていた重要会議についても、議事録を正確に作成し、情報共有と説明責任の確保に努めるべきです。
- 物理的な管理体制の再徹底:職印、オペレーターカード、金庫室等への入退室管理を厳格化し、不正実行の機会を排除すべきです。
- 外部手続の介入:期日案内通知の発送など、隠蔽の余地を生む可能性のある手続きを外部企業に委託し、機械的に実施される仕組みを導入すべきです。
- 外部監査との関係見直し:会計監査人との間で建設的な議論を行い、監査対象の適切性や監査手法について批判的に検討することで、緊張感のある関係を構築すべきです。
- 人事制度の是正:特定の者による人事権の掌握を排除し、多角的視点からの人事評価(例:360度評価)を導入することで、透明性の高い人事運営を目指すべきです。
- 企業風土の改善:パワーハラスメントを根絶し、「組合維持のため」といった大義名分のもとに行われる不正行為を許さないという強いメッセージを経営トップから発信し、職員が意見を表明できる風通しの良い組織文化を醸成すべきです。
- コンプライアンス違反への厳正な対処:今後、役職員による不正行為が発覚した際には、速やかに厳正な処分を行い、不正を絶対に許さないという姿勢を内外に示すべきです。
報告書は、今回の不祥事が日本の金融機関の歴史を見ても類例をみないほどに悪質な事案であるとしながらも、多くの役職員が異常な上意下達の組織風土とパワーハラスメントの「被害者」でもあったという側面にも言及しています。しかし、同時に、業務命令であっても違法・不当行為に加担した責任を自覚し、反省することが不可欠であると強調しています。
いわき信用組合は、今後、残された課題の真相解明、外部監査のあり方への対応、そして真面目で善良な多くの役職員の力を結集し、社会的な批判を乗り越えて再生するための努力を重ねていくことが強く求められています。
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